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| マドンナリリー Lilium candidum Linnaeus |
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| マドンナリリーの 歴史 |
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「Prince of Lilies」の壁画
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ユリを集めている様子を描いた
古代エジプトの壁画
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マドンナリリーは、バルカン半島及び西アジアの原産です。 そして、紀元前3000年頃より栽培されていたといわれています。
紀元前2600年から1400年の青銅器時代にクレタ島で栄えたミノス文明。その考古学的に重要な場所であるクノッソスには「ユリの王子」という壁画が残っています。古代アッシリアでは神聖なる花だったといわれ、鉄器時代にはギリシアよりエジプトへわたる人々によってもたらされたとも言われています。 古代エジプトのファラオの墓には白いユリが描かれたものがありました。
ローマ帝国ではヨーロッパ各地を併合するために、各地へ兵士を送りました。兵士達は、この球根を練りつぶして「うおの目」の治療に使ったといわれています。征服した駐屯地では、兵士達の手によりマドンナリリーが植えられました。
紀元前58年、カエサルはガリアに遠征。更に紀元前55年、カエサルがブリタニア(現在のイギリス)に遠征を行った。このときのローマ軍の兵士達はマドンナリリーの球根を持って行ったのでしょう。こうしてマドンナリリーは、ヨーロッパ各地に広まりました。
西暦312年、戦いに赴こうとしたコンスタンティヌス帝は、空中に十字架が浮かぶのを見たという伝説があります。その翌年の西暦313年、古代ローマ帝国内でのキリスト教信仰を認めたミラノ勅令が発されました。
ローマ軍の兵士がその球根を「うおの目」の治療薬として用いた、キリスト教はこの花を聖母マリアのシンボルとしました。 当初はキリスト教を迫害したローマ帝国とキリスト教との歴史の皮肉を感じてしまいます。12世紀以降、フランス王の旗や衣装には白いユリの花が描かれたものをまとうようになりました。
中世では、僧院の薬草園でマドンナリリーは栽培されていました。 これらの栽培型がヨーロッパ各地で野生化していきました。
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シャルル5世の戴冠式の図
青い地に金色のユリが描かれています。
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12世紀のフランス王家の旗
金色のデザインはユリを
あらわしています。
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1900年の初め頃、アメリカ合衆国のミズーリ州のWestonという町では、6000輪の花が咲いたという記録があります。 初めは3球の球根から始まり、やがて町中の人たちに球根を分けました。1本の茎に10輪〜12輪の花を付けたそうです。
毎年、周辺の町から多くの人たちが美しく咲いたユリを見に来るようになりました。しかし、1950年頃ユリは悲しくも消えてしまいました。
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ウエストンのマドンナリリー
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2006年ウエストンカレッジのガーデンクラブメンバーによりマドンナリリーの花は復活しました。 現在、多くの国々は切手や州旗にマドンナリリーのデザインを用いています。しかし、残念なことに聖地ではマドンナリリーは自生があまり見られないということです。長い間、マドンナリリーはイースターリリーとしてキリスト教の祭壇を飾ってきました。
19世紀後半、日本よりヤマユリがヨーロッパに渡ると人々の興味はマドンナリリーより離れていきました。そしてイースターリリーはマドンナリリーからテッポウユリへと変わっていきました。
2004年、イスラエルのベングリオン大学のチームはマドンナリリーを2ヶ月早く咲かせることに成功しました。そして、ローマ教皇へイースターの贈り物としてマドンナリリーが送られました。
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| 絵画や美術品にみるマドンナリリー |
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カナダの切手
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スペインの切手
中央の切手にマドンナリリーの図柄が入っています。
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クッションの図柄にも使われています。
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カナダ、ケベック州の州旗には
ユリが4輪描かれています。
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そのほかにも、ミシガン、ミズーリ、ケンタッキー、の旗にもユリのデザインが入っています。
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聖母マリアの花としてヨーロッパで親しまれてきたマドンナリリーの作品は数多く見受けられます。時代を超え、地域を越え多くの画家がキリスト教の聖母子像や受胎告知の絵画にはマドンナリリーの花を描いています。
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『受胎告知』1333年 フィレンツェ ウフィッツィ美術館
シモーネ・マルティーニ Simone Martini(1284〜1344年)
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大天使ガブリエルの口からマリアに向かって「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたとともにおられます」と言う文字が金の背景に浮かびあがっています。大天使ガブリエルとマリアの間にマドンナリリーが咲いています。とても象徴的です。
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『受胎告知 』(Annunciazione) 1472-1473年頃
98×217cm | 油彩・板 | ウフィツィ美術館(フィレンツェ)
レオナルド ダビンチ 作
大天使ガブリエルがマドンナリリーを携えて
マリアに受胎の告知をする場面です。 とても有名な絵です。
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『受胎告知』
1527年〜1529年
レカナーティ市立博物館&絵画美術館
ロレンツォ ロット作
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マリア、天使と猫、すべて動きがあり 生き生きとしています。
画面右端にいる、天使の後ろにマドンナリリーが 咲いています。
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ダンテ・ゲィブリエル・ロセッティ
Dante Gabriel Rossetti
イギリス
ラファエル前派、1828-1882
『聖母マリアの少女時代』
The Girlhood of Mary Virgin
1849; Oil on canvas; 83 x 65 cm
Tate Gallery, London, England
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少女時代のマリアと両親の間に本が何冊か積まれています。
その後ろ側にマリアが左手にマドンナリリーを持っています。
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◆関連ページ→《 マドンナリリーの 栽培方法 》
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